「Blue Sky Blue」のケット・シー、「サッカーのある幸せ」のエルゲラ、「発汗」でサッカーを語っている発汗がお送りするサッカー日本代表に関するポッドキャスティングです。

Uvijek mislimo na tebe


1月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31

archives

Search


category
Weblog
はりもぐらの針山
FOOTBALL
コアな音楽・映画・本
マイナーなクルマ好き
Photo
こあらのま〜ち
___

bookmark
とろかめ遍路
カラスのBlog
大池だより
サッカーのある幸せ
bananafish 螺旋日記
発汗 (;^_^A
喧々諤々
ケイタク公式サイト
ザ・ルースターズ


いな蔵(AE86)


もずく(演劇)





連絡用フォーム

御用の方はコチラまで

管理人室

↑Profile

”屋根裏”入り口

↑ミラー環境で更新中





おせあにあの巣穴 Ver1.48
本気で読まないでください。息抜きの合間に人生やってます。 ボヤキ倒しの書き捨て御免・・・ ネガティブ偏向系駄文炸裂!




初期衝動とこれまでと

後藤さんのポッドキャストやら賀川浩さんの
ブログを拝読していたら、自分の初期衝動は
どんなんだっけかぁ?と思たので、昔ハナシを。

サッカーを観始めたのは、いつだっけかなぁ?
世代としてはプロ野球全盛の7、80年代を子供で
過ごしてたので、野球が中心にはあったかな。
つーか、他に選択肢が無かったな地方ではね。
でも、何かTVで日本リーグの試合を観たんだょ。
その時に奥寺さんのプレーを観たような気がする。
左サイドからフィード飛ばしてたのは、後から観た
記憶なのかもしれないケドね、後は髭と髪の毛で
圧倒されたラモスさんとか、日本リーグや天皇杯が
年間数試合しかテレビで観られなかったケドもね、
だからこそ観た時のインパクトが強くて記憶に
残ってるのかもしれないかなぁ。日本リーグやら
天皇杯、高校サッカーは冬場に観るモノだから
茶色い枯れ芝のピッチの記憶が多いのだなぁ。
だからトヨタカップとか天皇杯決勝での国立の
緑の芝に貴重で崇高な重みを感じてたのかな。
近年の酷暑の中でサッカーやるのは、やっぱり
少し違和感があるのだなぁ、、とかも思うのだわ。
暑い中ではサッカーするもんじゃない、、ってね
そんな古い考えが自分の中にあるんだろねぇ。

貴重なサッカーの試合をテレビで観るくらいしか
サッカーに接する機会が無かった環境の当時は
ワールドカップというのが、やっぱニュースとして
映像を観られる機会が多い大会だったんだなぁ。
イチバン古い記憶に残ってるのは、82年大会。
試合の内容とかは定かではないのだケドもね、
中学生だったなぁ、必死こいて試合を観てから、
翌朝の登校時に、相方と『昨日の試合観た?』
と、ハナシをするのが愉しみで、そのハナシが
合うという状況が愉しかったのか記憶にあるね。
試合そのものを観てスゲェ!と実感できたのは、
86年大会からかなぁ、この大会はマラドーナの
大会だったから、やっぱ記憶には残るわなぁ。。
夜中に居間で親に怒られないよーに、テレビに
布団かけてその中にもぐり込んで観たっすよ。
マラドーナのイングランド戦での5人抜きってば
NHKの中継で観ちゃったんだもん、山本さんの
実況で、記憶に焼き付かないワケないじゃん。
でもね、その時に思たのは”マラドーナすげぇ!”
じゃなくて”ちきしょー!”だったんだよなぁ(笑。
イングランドに肩入れしてたからねぇ”悪魔の手”
の直後のプレーだったし、ホントに悔しかった。
当時から、強くて上手くて狡猾な南米のサッカー
が好きになれなくて、日本リーグでも読売クラブ
が大キライで、だから読売キラーの日産自動車
も好きだったんだろなぁ、地元に工場もあって、
クルマも日産が好きだったしねぇ(関係無いか)
82年に起きたフォークランド紛争の因縁って
云われたイングランドとアルゼンチンだったし。
別に政治とか思想的に支持してるワケもなく、
元々、音楽でもブリティッシュインベイジョンで
80年代初頭のパンク・ニューウェーブとかに
ハマってたしなぁ、イングランド好きだったねぇ。
サッカーでも無骨でも真摯に前へ向う姿勢とか
伝わってくるモノがあったんだと思うのだなぁ。
勝負に勝つ強さよりは、そんな姿勢が好きで、
だから南米の狡猾な巧さってのがキライでね。
ドイツやらデンマークの質実剛健さにも同じ
姿勢を感じてた初期衝動があったんだろなぁ。
90年大会は、あんまり記憶に残ってないケド、
リトバルスキーとバレージは覚えてるのだなぁ。
バレージとバッジオ、アルベルティーニとかは
94年大会でハマったんだケドねぇイタリアは。
で、94年のアメリカ大会、日本も行けると
本気で思ってた大会だったんだケドもねぇ。。
オランダとかナイジェリアとか好きなチームが
わんさか出てて、ホントに愉しかったんだなぁ。
特にバレージがブラジルを抑えきった試合は
なんか覚えてるかぁ、イタリア応援してたし、
ミランも好きだったしねぇ、決勝でブラジルに
PK負けって、、コレも悔しかったわ、ホントに。
オランダの3人も在籍してた、ミランで云えば
その後のアルベルティーニとデサイーで組んだ
ハーフは大好きだったし、だけどトヨタカップは
サンパウロに負けちゃったんだよなぁ。
とにかく、南米のサッカーは性に合わん!(笑。
でも今まででイチバン巧いと感じた選手は、南米
ウルグアイのレコパなんだケドね、たまげたし。

94年はタレントが揃ってたし、話題性もあって
普段サッカー見ない周囲でも話題になってた。
ただ、アメリカは暑かったしテレビ中継に合わせ
試合時間も日中にやってたような記憶があるな。
アノ大会からサッカーがメディアやら商業的な
都合にに引っ張られる度合いが強くなったように
感じるのだな、おかげでTVでは観られる機会が
増えたんだケドね、、Jリーグも始まってたしね。
ピクシーもそうだケド、リネカーとかリティとか
まさか日本のリーグでプレーするとはまったく
考えもしなかったわ、でもそうなったんだなぁ。
Jリーグが始まって、日本代表がオリンピックも
ワールドユースも出るのが当たり前になって、
ワールドカップにも出て、開催までしちゃって、
こんなんなるとは、30年前の子供には想像すら
出来ない状況になったんだなぁ、、いや感慨だ。
高校の時に、体育の授業でやったサッカーで
たまたまポストプレーっぽくなって”落とし”たら、
『どっち向いてボール蹴りよるかぁ!』なんてな
怒られ方したよーなサッカー認知度だったんに。
今やメディアに溢れるお題目サッカーの見出し。
極端だなー、、なんて思うのだケドねぇ(;^ω^)

EUROやらCLを観たら、Jリーグやら観られん
とか、サッカー好きな友ダチも云ってんだケド、
どんな試合にも見所はあるし、どんな有名な
チームでも凡戦になってしまう試合もあるしね、
レベルは違えど、どの試合もオモシロく観れる
見方ってのが出来る境地を垣間見れればなぁ、
な〜んて思うのだな、プロもアマもカンケーなく。
まぁ、試合観る機会が少な過ぎっから無理か(笑。
でも、どんな凡戦でも何かしら愉しめるように
なったら、観られる試合に価値が出てくるよなぁ。
良くない試合の何処で何を汲み取れるかって、
大事な価値観なんだろーなー、、とか、先人の
サッカー偉人を見てるとつくづくそう思う最近。

ちなみに、ワタシの最高位に位置する偉人は、
故・寺西忠成さんだす、このリンクが詳しいデス。
オシム爺さんだけでなくてもね、日本にだって、
日本の地方にだって、サッカー偉人のお歴々は
今も居られるのだと思うのだなぁ、そう思うな。

ワタシはサッカーが日常的に観られる環境に
無いから余計に、観られる試合は大事だな。
どんな試合でも、何かしらオモシロく観たいよ。
なんかそんな事を改めて考えてる最近、にゃは☆
他所を見て羨ましがるより、足元の変化ってのを
拾ってみるほーが、何かと愉しいとワタシは思ふ。

他のサッカー好きな人の初期衝動ってなんだろ?
人それぞれに初期衝動と歴史があるんだろなぁ。

では、PCのモニタが壊れたのでこの辺で、(T_T)
 
|| コメント(0)| Track back(0) | 2008-07-18 02:15:53


コメントは投稿されておりません。

名前 :
タイトル :
URL :
コメント :